腹痛でうずくまる私(小2)を放置しTVを見たままこたつから出てこない父

登校前激しい腹痛を起こし、台所でうずくまってしまう。近くでTVを見ていた父はこたつから出てくる様子もなく、私を放置していた。

あまりの痛さに、その場にうずくまり、動けなかった

当時小2のある日私は登校前食事を終えた後、いつものように歯みがきのため流しの前に移動しました。

歯みがきをしようとした途端、急にお腹に激痛が走ったのです。

今まで体験したことのない痛みです。

耐えきれずお腹を抱え込んでその場にうずくまってしまいました。

うずくまっている私に駆け寄らない父

苦しんでいる状況に気づいてもらいたくても、あまりの痛さに声が出ません。

這って移動することも不可能でした。

私はフロアについている頭を少し左側に傾けて居間の方へ目をやると、コタツに入ってテレビの方角へ顔を向けている父が視界に入ってきました。

私のいる台所から父のいる居間までおよそ3mの距離です。

台所と居間の間の戸は全開だったので、テレビを見ていたとは言え私の異変に気づかないはずはないのですが。

体感5分程でしょうか、待てど暮らせど父が私のところに駆け寄ってくる気配は一切なしです。

幼児期からずっと躾という名の下、厳しい言葉と体罰を父は私に与え続けています。

苦しんでいる一人娘を心配し手を差し伸べてくれたら、今までの父の言動、行いは水に流してあげるよと心の中で叫んでいました。

心の叫びが父に伝わることはなく、私の激痛は一層増してしていくのでした。

母が私の異変に気付き、病院へ

他の部屋にいた母が気付いて倒れ込んでいる私のもとへ駆けつけました。

冗談抜きで救世主が現れたと思いました。

母は状況を説明するよう私に求めますが、痛さのあまり答えることはできません。

両手でお腹を抱えていたことと様子から母は察したようでした。

母が私のもとへ来てからも、父が私のそばへ駆けつける様子は一切ありません。

激痛と父の態度に苦しみながら、タクシーで母親と共に運ばれて行きました。

ちなみに救急車ではなくタクシーだったのは,住居地が僻地だったことが関係していて、この時はタクシーの方が病院に早く到着できるという理由からでした。

タクシーの中でも後部座席に横たわったままでした。

激しい腹痛の原因は山に生えていた青いさくらんぼだった

タクシーを30分程走らせやっと診療所へ到着。

痛みを抑える処置後、検査へ。

検査結果は大腸炎でした。

激痛に襲われる前日、自宅近くの山に自然に生育する青いさくらんぼを友達と取って食べ、遊んでいました。

原因は青いさくらんぼです。

友達は普段から食べ慣れていて免疫があるせいか何ともなかったのです。

私は初めて食べ、全く体が受け付けなかったのでした。

幸い入院には至りませんでしたが、しばらく通院が続きました。

付き添いも父がすることはなく最後まで母のみです。

平日学校のある日に通院しなければならなかったため、成績もガタ落ちでこれにもショックでした。

まとめ;

退院後も父のからのいたわりの言葉、行動全くなしです。

普段は頭ごなしに叱る父でも、さすがに急な異変を要した一人娘の元へ即座に駆け寄ってくれるものと期待していました。

頭ごなしに叱り叩いてくる父は苦手で常に怖い存在でしたが、幸か不幸か家族なのです。

普段は気づかなくてもとっさの出来事の時に、家族の絆を確認できるものと思っていました。

絆を確認できないまま、父と一緒に暮らし続けなければならないのは苦痛でしかありません。

この後も度々家族の絆を確認できるチャンスと思う時が来ては流れ来ては流れを繰り返します。

家族の絆を一度も見ることなく現在に至っています。

残念ながら、程度の違いはあれど、私も含め毒親のトラウマで悩んでいる方々が存在します。

つらい体験をしたのは私1人だけじゃないんだ”と考えられるようになれば、少しでも気持ちがラクになるのではないでしょうか。

私の書く【毒親】の記事が毒親のトラウマで悩んでいる方の助けになれば幸いです。

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